Jun 18, 2009
屋根付きノリトベエソランチを楽しみました
最初に屋根のあるノリトベエソ昼食を食べてきました。屋根付きノリトベエ揺られながら、友人との時間を楽しみました。聞いた話では、このように食事を楽しむ女性が増えているそうです。主婦もたまにはおいしくて楽しいランチを食べたいと思っています。そんなことが今回の友人のハウスボートで昼食を提供しています。次も行きたいと計画しているところです。せっかく東京に住んでいるのだから、いつの日かその花火シーズン、屋根付きノリトベルルに乗って、そこから"たまや - ""キー - "と叫びたい。東京に住む前は、絶対に絶対に実行することと意気込んでいたのに、実際に東京に住んで起動すると、花火が始まってから、あ、そういえばみたいな感じで、屋根のあるノリトベウル記憶。意外にそこに住んでみるとしたかったのだと忘れるんです。
【変わりゆくブータン〜桃源郷の今】(5)
「立って。王様がお見えになる。尊敬の念を示すんだ」
12月17日の建国記念日の式典を催すブータンの首都・ティンプーのスタジアムで、友人のソナムさん(22)が私の耳元でささやいた。閣僚や高僧が一堂に会した広場に、オレンジ色の民族衣装をまとったジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク5代国王の姿が近づいてきた。ソナムさんの表情はみるみる緊張し、息も押し殺す様子になった。
この国王は2006年に即位したばかりの30歳。父のジグメ・シンゲ・ワンチュク4代国王と同じく美形で、背もすらりと高い。
国王は式典で「法律に書いていなくても、人道と歴史から導き出される責任が私たちにはある。国にとって最も重要なことは、人々が1つの家族として生きることだ」と30分間ほど演説した。文化や教育の功労者に勲章を授与すると、1万人近くが集まった客席を1時間ほどかけて歩いて回った。
ある老女は国王に抱きつき、涙を流した。別の老女は手を合わせて深々と頭を下げ、何やら唱えた。国王は聴衆の手を握り、肩を抱いていった。
ソナムさんは満足そうに私に語った。
「ボクがブータン東部に住んでいたとき、大地震があった。そうしたら王様が来てくれて、農家の人たちと丁寧に対話し、復興に力を入れてくださった。王様のおかげでボクらは幸せなんだ」
ブータンではあらゆる場所に国王の写真が飾られている。飲み屋の壁には、インド映画のポスターと国王の写真がひしめき合っていた。ブータン人にとって国王は誇りであり、現人神であり、アイドルでもある。
特に4代国王は名君として名高い。3代国王の急逝により1972年に16歳で即位すると、経済面で「GNP(国民総生産)よりもGNH(国民総幸福)」という経済成長に拘泥しない概念を打ち出し、政治的には自ら閣僚の任命権を国会に譲って民主化を進めた。新憲法には王位の定年制や国会による罷免の規定まで盛り込んだ。
国際協力機構(JICA)の仁田知樹ブータン事務所長は「ネパールのように民衆が王政を倒して民主化が始まるのが普通のパターンです。ブータンは国民が国王による治世を望んでいたのに、国王の方から国民を説得して民主化した珍しい国です」と解説する。あるブータン人は「一般国民はネパールの混乱をあまり知らないが、4代国王は把握していた。いずれ国民運動が起きるだろうから、彼は自分の人気が高いうちに民主化を進め、5代国王に引き継いだ。彼は頭が良い」と評した。
4代国王の腹の内がどうであれ、国民を導く先もろくに示さず、コップの中で足を引っ張り合うわが国の永田町とは大違いなのである。
電器製品が生活に入り込んでも、仏教に対するブータン人の信仰は変わらず篤い。
首都・ティンプーの仏塔を夕方に訪れると、仕事帰りとみられる100人ほどが塔の周りを歩いていた。塔を回ることが功徳になると信じられているのだ。若者は携帯電話のメールを打ち込みながら、黙々と歩を進めていた。ティンプーの街並みは私が訪れた14年前とずいぶん変わったが、この仏塔を包む空気は変わらない。
昨年、ブータンで爆発的なヒットを記録したカー用品がある。筒状の仏具「マニ車」を、太陽電池で回るように電化した車内用の小さな置物だ。日中に太陽が出ている限り、自動的に回転し続け、功徳を積めるという便利な代物である。ティンプーでざっと数えてみると、2割近くの車が運転席の前にこの置物を貼り付けていた。
「昔、王の病気を治した高僧がいてね。王が感謝してこの寺が建てたんです」
ソナムさんはブータンの行く先々で寺を訪ね、私に解説してくれた。ソナムさん自身、各地の僧が語る寺の言い伝えを熱心に聞き入った。
一方、ソナムさんと旅をすると、ブータン人の世間の狭さに驚く。彼と地方を回ったある日、私と一緒にいる間だけで2人の親戚(しんせき)と5人以上の友達に出くわした。私が東京を歩いても、友人とはち合わせすることはほとんどない。
ブータンの知人は私に忠告した。
「ブータンでは陰口を言わない方がいい。ブータン人は大抵どこかでつながっているから」
多くのブータン人は、仏教と国王を重んじる。おおらかで敬虔(けいけん)な生活を営み、史実と説話が混ざった「国民的ストーリー」を共有している。こうした精神的な一体感に加え、現実に顔見知りばかりの社会となれば、おのずと悪事も働きにくくなるだろう。
今回の旅で、ブータン人の心には「立派な国王による統治+仏教に篤い善良な国民=幸せな国」との方程式が染みついているように映った。
私が「幸せですか?」と尋ねると、ブータン人は「幸せです」との決まり文句で応じる。重ねて「なぜ幸せなのですか?」と質問すると、ほとんどの人が「何で幸せかといわれても・・・」と戸惑いをみせた。
ブータンの旅の最後の夜、私がずっと感じてきたことを、日本に滞在経験があるブータンの友人にぶつけてみた。
「ブータン人に『なぜ幸せですか?』と尋ねることは、日本人に『なぜ箸を使いますか?』と聞くことと似ているんじゃないかな。当たり前すぎて『理由なんてないだろ?』と言わんばかりなんです」
友人は「その通りだろうね。ブータン人は細かいことを心配しないから幸せなんだよ」と笑い、ウイスキーグラスを傾けた。
ブータンは今、近代化の荒波にもまれている。無意識な「幸せ」に、ブータン人は正面から向き合うべき時を迎えたと思えてならない。彼らが持っている幸せの秘訣(ひけつ)は、一度失ったら取り戻せないものばかりなのだから。どんどん増え続ける消費者金融をお探しなら!(斉藤太郎)=終わり
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