Dec 07, 2010

最初の事業資金は、公共機関を利用するといい

大企業などではなくて、小企業および個人事業者が、最初に事業資金を必要としたとき、一般的に金融機関、例えば銀行などで、なかなか融資を受けていない。どのくらい信用が確定ており、実績がない場合は、銀行等は、事業資金を融資する。このような時に公的機関を利用した事業資金の申請があるようだ。これは、特に最初の事業の資金調達に有効な手段だと考える。
会社設立時に税金がどのようになっているかも知る必要がある。個人事業の場合、非常に累進の税率をとっているため、所得税、住民税を含めると最大50%ナドゥェヌンイ会社の場合、基本的に30%の均一課税の事業税を含めても高くても41%から住んでいる。また、会社の場合、社長も会社から給料や退職金を受けることができる。会社設立の場合、税についても知識が必要である。
 東日本大震災の被災者の雇用支援などのために、全国各地のハローワークが雇用に関する相談窓口を設置している。

 東京労働局は都内17カ所のハローワークに「震災被災者等特別相談窓口」を設置。震災で採用内定を取り消された新卒者を対象にした相談窓口も都内2カ所に設けた。1万人規模の被災者を受け入れている大阪府の大阪労働局も府内の全16カ所のハローワークに同様の相談窓口を設置した。

 対象者は、避難を余儀なくされた▽被災地の事業所に就職が内定していた▽被災地にある工場や営業所が休止した事業主?などに該当する人。ハローワークの職員が相談を受けるという。

 相談できる内容は、雇用保険の失業給付▽雇用調整助成金や各種助成金▽就職活動▽採用内定取り消し?などに関するもの。

 今回の震災では、避難所への出張相談が行われるなど全国的に雇用支援の動きは広がってきている。厚生労働省では「今後は復旧事業なども雇用に結びつけられるよう、地域の関係団体などと連携して就労支援に全力で取り組みたい」としている。

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【喪失】(下)

 この1カ月で5回、避難先が変わった。東日本大震災で被災した東京電力福島第1原発から20キロ圏内の福島県楢葉(ならは)町で塗装業を営んでいた松本勇一さん(56)一家は11日、5カ所目であるいわき市のアパートで震災1カ月を迎えた。

 松本さんは「短いようで、長かった1カ月でした」と振り返った。

 福島第2原発が立地する楢葉町の自宅は津波により2メートル近く床上浸水した。仕事道具は半分が流された。一家は、その後に原発事故の対応拠点となった「Jヴィレッジ」へ避難し、いわき市の親類宅、新潟県柏崎市にある柏崎刈羽原発の作業員宿舎、さらに長男の知人のつてを頼り空き家だった東京都西東京市の民家へと移った。10日にいわき市の2DKアパートを契約し、11日にかけて引っ越した。

 松本さんは「東京の大家さんは『いつまでいてもらってもいい』と家賃なしで住まわせてくれ、近所の方々は米や食材から鍋、衣類、ふとんまで持ってきてくれた。本当に感謝している。でも、知らない土地でどうしても気持ちが休まらなかった。少しでも故郷に近いところへ戻りたかった」と話す。

 ◆故郷へ戻りたい

 「浜通り」と呼ばれる福島県の太平洋岸、楢葉町など双葉郡8町村からの避難者は6万8千人を超える。多くは新潟や群馬など県外へ避難しており、楢葉町の場合、人口7800人の7割近くは県外で避難生活を送っている。放射性物質(放射能)から逃れてきた彼らは、宮城、岩手両県など大津波による被災者と異なり、復興どころか故郷へ帰るめどさえない。

 楢葉町議で損害保険代理業の山田昭さん(58)は妻(57)を島根県の実家へ避難させ、いわき市にある私立大学の保養所で町議仲間と合宿している。

 山田さんは「原発が産業のほぼ8割を占める町は、40年間の投資が一瞬で吹き飛んだ。それどころか放射能というマイナスを抱えてしまった。われわれは安住の地を失った。難民になった」と話し、こう訴えた。

 「家がない、仕事がない、情報がない。先が見えないから不安が増幅され、立ち上がれない。完全でなくてもいい、うっすらとでもいい、生活の将来像を示してほしい」

 ◆国内史上初の経験

 平成16年の新潟県中越地震で全村避難した旧山古志村(現長岡市)。村人は「山古志へ帰ろう」の合言葉のもと、避難指示の解除を待ち1年から3年かけて帰村を果たした。現在は485世帯1292人が暮らし、過疎の山村ながら世帯帰村率は70%を超える。

 今月5日、双葉郡の8町村長らは東京都内で記者会見し「元の町へ戻したい」「必ず帰ろう」とかつての山古志の人々と同じ言葉を口にした。だが、彼らの前には原発事故による放射能汚染が立ちはだかる。それはわれわれ日本人にとって歴史上初めての経験となる。

 いわき市での避難生活を始めた松本さんの次女、秀美さん(27)の夫(25)は東電第1原発に勤め、1、2号機の運転員として震災後すでに3回、現場へ入った。6日勤務し3日休むローテーションが続いている。不十分な食事と睡眠のためにやせ、風邪をひいて帰ってくる夫の姿に、秀美さんは「待つことしかできない」と話す。

 初めてのわが子がおなかの中にいる。

 「戻りたいけれど、戻れたとしても子供のことを考えると心配になる。将来はどうなるのかと不安に思う」

 やがて生まれくるわが子へ何を用意してあげたいか。秀美さんはひと言、こう答えた。

 「安心して住める場所」

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